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こんにちは、仁蓉まよです。
私は助産師として周産期医療や不妊治療の現場に携わる中で、そして女性支援・福祉事業・キャリア支援に関わる中で、長年ある共通点を見続けてきました。
それは、「耐えられる女性ほど、さらに負荷を背負わされる」という構造です。
2026年現在、日本社会では「女性活躍」が推進される一方で、実際には多くの女性たちが、「働く」「ケアする」「感情を調整する」「周囲を支える」という複数の役割を同時に担わされています。しかも厄介なのは、その負荷の多くが『能力や優しさ』として評価されてしまうことです。
倒れない。空気を読む。場を壊さない。感情を処理する。相手に合わせる。最後までやり切る。
こうした“耐久力”は、いつの間にか「無限に提供される資源」として扱われ始めます。
しかし本来、人間の耐久力には限界があります。
本稿では、「女性の耐久力」がどのように社会・職場・家庭・SNS・支援構造の中で消費されているのかを、2026年現在の社会背景とともに整理しながら考えていきます。
『頑張れる女性』に仕事が集中する
現代の職場では、“できる女性”ほど業務が集まりやすい構造があり、特に日本では、2025年以降も深刻な人手不足が続き、医療・介護・教育・接客・福祉など「対人ケア領域」の負荷が急増しています。
そして、その現場の多くを女性が支えています。
厚生労働省の2025年時点のデータでも、介護・看護・保育分野では女性比率が圧倒的に高い一方、慢性的な離職率の高さが問題視されています。
しかし実際の現場では、
「この人なら耐えられる」
「責任感が強い」
「最後までやってくれる」
という理由で、業務が“能力の高い女性”に偏り続けています。
これは評価ではなく、「依存」であり、さらに問題なのは、多くの女性自身も「頼られること」を自己価値と結びつけてしまいやすいことです。
結果として、
●限界まで引き受ける
●断れない
●助けを求められない
●休めない
という循環が生まれます。
耐久力が高い人ほど、最も先に消耗する社会なのです。
女性の『感情労働』は今も無償化されている
2026年現在、AI化やDX化が進んでも、最後まで自動化されない領域があります。
それが『感情労働』です。
感情労働とは、
●相手を安心させる
●空気を和らげる
●感情を受け止める
●場を整える
●人間関係を維持する
といった“見えないケア業務”のことです。
特に女性は、「感じがいい」「柔らかい」「気が利く」ことを無意識に期待されやすい。
つまり、仕事の成果だけでなく、“感情管理能力”まで求められているのです。
例えば企業現場でも、
●会議の空気調整
●若手フォロー
●クレーム緩衝
●飲み会調整
●チーム感情のケア
などは、正式な業務評価に入りにくいにもかかわらず、女性側に偏りやすく、これは「優しさ」ではなく、構造的な無償労働です。
しかもAI時代になった今、この“人間らしさ”の価値が逆に高騰している。
だからこそ女性の感情資源は、以前よりさらに消費されやすくなっているのです。
『母性的であれ』という圧力は消えていない
現代社会は表面的には多様性を語ります。
しかし実際には、女性に対して今もなお、
●包容力
●優しさ
●共感性
●献身性
●空気を読む力
を求める空気が残っています。
これは家庭だけではなく、職場でも、SNSでも、支援現場でも起きています。
特に女性リーダーは、
「強すぎても叩かれる」
「優しすぎても消耗する」
という二重拘束に置かれやすい。
2026年現在、日本企業では女性管理職比率の上昇が進められていますが、実際には「女性らしい調整役」を期待されるケースも多く、“意思決定権”だけでなく“感情処理”まで背負わされている現実があります。
つまり、
「女性も活躍していい」ではなく、「周囲を傷つけない範囲で頑張ってほしい」という無意識の期待が残っているのです。
これは非常に大きな消耗構造です。
SNS時代、『疲れている姿』が許されにくい
SNS時代の女性たちは、常に「機能している姿」を求められています。
●丁寧な暮らし
●健康管理
●美容
●キャリア
●人間関係
●発信力
●ポジティブさ
これらを同時に維持することが、“普通”として表示され続ける。
2026年現在、AIによる画像補正やパーソナライズ表示がさらに進み、SNSは「理想化された他人」を大量表示する装置になっています。
その結果、多くの女性が、
「疲れてはいけない」
「崩れてはいけない」
「止まってはいけない」
という圧力を無意識に受け続けています。
特に問題なのは、“回復している途中の姿”が可視化されにくいことです。
社会は成功談を好みます。
しかし実際には、人間は常に回復途中なのです。
それにもかかわらず、「元気でい続ける人格」が求められる。
この構造が、女性の耐久力をさらに消費しています。
ケアする側ほど、助けを求めにくい
助産師として現場にいた頃、私は何度も感じていました。
最も危険なのは、「大丈夫です」と言える人です。
なぜなら、本当に限界に近い人ほど、
●周囲に迷惑をかけたくない
●弱音を吐けない
●自分が支える側でいたい
●助けを求める資格がない
と思い込んでいることが多いからです。
特に支援職・医療職・福祉職・教育職では、“ケアする側”の燃え尽きが深刻化しています。2026年現在、日本ではメンタル不調による休職者数は増加傾向にあり、とくに対人支援職の離職問題は深刻です。
しかし社会は依然として、「優しい人が支える前提」で設計されており、「支える人」を守る設計が極端に弱いのです。
これは個人の問題ではなく、制度設計の問題です。
女性の『耐久力』は経済合理性として利用される
ここは非常に重要です。
実は社会は、女性の耐久力に依存することで成立している部分があります。
例えば、
●家庭内ケア
●育児調整
●介護
●地域コミュニティ維持
●感情ケア
●人間関係調整
これらの多くは、GDPには十分反映されていません。
しかし、もしこれらを全て外部サービス化すれば、社会コストは爆発的に上昇してしまいます。
つまり現在の社会は、「女性が無償で耐える」ことで、成立コストを下げている側面があるのです。
これは極めて構造的な問題であり、女性が疲弊すると、社会は初めて“問題化”する。
しかし本来は逆で、「疲弊する前に支える設計」が必要なのです。
『壊れないこと』が能力だと思わされている
現代社会では、
●休まない
●感情を乱さない
●周囲を困らせない
●淡々と続ける
ことが、“大人”“優秀”“自立”として評価されやすい。
しかしこれは、人間性ではなく『壊れないこと(耐久性)』を評価している状態です。
本来人間には波があります。顔も身体も、感情も、人生も一定ではありません。
にもかかわらず、多くの女性は、「弱った瞬間に価値を失う」という恐怖を抱えています。だから限界まで頑張ってしまう。
そして壊れてから初めて休まざるを得ない状態に。しかし、本当に必要なのは、『壊れる前に止まれる社会』です。
耐久力を称賛するのではなく、“回復力”を前提にした社会設計へ移行しなければ、今後さらに女性たちは消耗していきます。
『耐えられる人』に依存しない社会へ
女性の耐久力が搾取される構造とは、単に「女性が大変」という話ではありません。
それは、
●誰かの優しさ
●誰かの責任感
●誰かの共感力
●誰かの我慢
に依存しなければ回らない余裕のない社会構造の問題です。
そして今、その限界が見え始めています。
少子化。介護問題。孤独。メンタル不調。離職。燃え尽き。
これらはすべて、『耐えられる人』が支え続ける前提の崩壊でもあります。
だからこれから必要なのは、“強い女性を増やすこと”だけではありません。
むしろ、
「耐えなくても生きられる社会」
「休んでも価値を失わない社会」
「助けを求めても関係性を失わない社会」
をどう設計するかです。
私は助産師として、多くの女性たちの身体と人生を見てきました。
本当に強い社会とは、“壊れない人”を称賛する社会ではありません。壊れないように支えられる社会です。
そしてその設計こそが、これからの女性支援における最重要テーマになるのだと、私は考えています。
